忍者

正忍記を読む会

日本三大忍術伝書「正忍記」とその著者「名取三十郎正澄」を研究し、忍術で遊ぶ会「正忍記を読む会」に関する情報をお知らせしています。
学びは楽しくわかりやすくをモットーに、人生を豊かにするために紀州忍術を活用しましょう。
新規会員募集中 会費1000円/年

次回の開催  令和6年2月22日準備会 2月23日イベント当日

忍者イベントの準備は午後から 当日は9時開始

定例会 恵運寺本堂にて
毎月第3金曜日 午後2時から90分程度
忍者の日イベント 毎年2月23日(祝)
恵運寺境内にて、忍者になりきり忍術ゲームで参拝者をご接待。
同日開催:恵運寺忍術御朱印イベント
一水忌 毎年4月 名取三十郎の祥月命日供養
総会同時開催
その他イベント
新忍会:毎年1月 新年会です
研修旅行:国際忍者学会(不定期)
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正忍記と名取三十郎

<和歌山城での展示について>
わかやま歴史館にて「名取流」と「正忍記」が展示されています。
紀州藩は軍学、武芸が盛んであり、中でも名取流は紀州藩お抱えの軍学流派としてその名が記録されています。

<正忍記と名取三十郎>
徳川御三家紀州藩に伝わる軍学三家のひとつ「名取流」。
その中興の祖として知られる名取三十郎正澄が延宝9年に記した「正忍記」は、日本における忍術研究の最初より貴重な資料として研究されてきました。
正澄の記した原本は現在見つかっておりませんが、その嫡男である青竜軒(名取兵左衛門)による写本(青竜軒本)が国立国会図書館に所蔵されています。

我々現代人が抱く忍者のイメージとは全く違う、現実的であり実践的な忍びの姿が正忍記には記されています。
そして、そこには現代とも通じる江戸時代の見かけ安泰な世の中で行われていた、情報戦を生き抜くための智恵が詰まっています。

かたや正忍記記載の具体的な忍術「七方出(変装術)」においては、我々が目にする時代劇や映画に出てくるイメージ通りの忍者が行う忍術の元ネタになっている物もあります。

深く、そして当たり前のように我々の中に浸透している忍術と、我々の全く知り得なかった生の忍術が混在している伝書、この書物への興味は尽きません。

※正忍記が書かれた延宝9年より3年後の 貞享元年に、名取家菩提寺恵運寺の眼前にて徳川吉宗が生を受けています。八代将軍となった吉宗が諸藩の情勢を探るべく設けた「御庭番」、その創設に少なからず影響を与えたのは「正忍記」ではないかとの指摘をする研究者や関連書籍がありますが、いまだ煙に巻かれたままです。

名取三十郎正澄

日本三大忍術伝書『正忍記』
著者 名取三十郎墓所(恵運寺本堂前)

名取三十郎正澄(正武)
彌次右衞門正豊四男 生国紀伊
号<一水、籐 一水>
承応3年5月 新規召出 中小姓から御所院番、御近習詰、大御番へと転役。
承応3年5月 新規召出 中小姓
万治3年5月 大小姓 切米30石
延宝7年9月1日 御近習
貞享2年8月23日 大番組
貞享4年8月22日 伊都郡大野村へ扶持を受けながら蟄居
宝永5年3月15日 病没
戒 名 : 窮源院滴岩了水居士

著書多数にて、紀伊藩主特に初代徳川頼宣公の覚えがよかった。
著書の中に日本三大忍術伝書の一つ「正忍記」がある。

名取三十郎は、たびたび頼宣公の下へ出向き、軍学指南を行った。頼宣公をして「名取流の軍学書は人主たる者の座側において、折々看読すべき」と言わしめた。
また、名取流は新楠流とも呼ばれる。
楠流(楠不伝)の流れを汲んではいる名取流ではあるが、その意のみならず、軍術の全てを網羅し大変優れていることから、楠公の世に対する功訓に相当するものとしてこの名前がつけられたというのは、名取流がいかに優れた軍学流派であるのかを表すのに特筆すべき事である。

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